癌闘病記録⑦悪性リンパ腫完治しました!!

2017年11月29日。
「腸管原発びまん性大細胞型B細胞性悪性リンパ腫(DLBCL) 」ステージ1E
と診断されました。
完結に言うと「血液の癌ステージ1」です。

遡ること2ヶ月前の2017年9月。
会社の定期検診の一貫である大腸癌検診(検便)にて血便反応が出て、要精密検査となりました。
内視鏡カメラにて検査したところ、米粒ほどの小さな小さな腫瘍が見つかります。
この段階ではまだ癌とは診断されておらず、摘出した方が良い悪性度の低い腫瘍扱いでした。
当初は数日間の入院で、簡易なオペで摘出をする予定でした。

2017年11月7日。入院当日。
主治医によりこう告げられました。
「生検を繰り返した結果、悪性リンパ腫の疑いがあります。オペと入院は取りやめにします。
紹介状を出しますので、明日血液内科のある病院へ行って下さい。」

只事ではないことはすぐに感じました。
咄嗟に
「先生、私は癌ですか?」
そう聞いていました。
主治医は「違うよ」と答えてくれました。
翌日には分かることになるのですが、あまりにも急な展開でしたので、この優しい嘘に救われました。
手術の緊急停止、そして癌の疑いを一気に知るにはあまりにも酷でしたので、知っていたら気を失っていたかもしれません。

2017年11月8日。
紹介された病院へ行きました。
開口一番に聞こえた言葉は「抗がん剤治療」でした。
この言葉で自分がどんな事態なのか、どんな状況なのか、一気に分かりました。
付き添いの両親は勿論、事前に分かっていたので、
どんな気持ちでこの告知を聞いたかと思うと、胸が痛くなります。

まさかの事態が目の前に突然現れました。
健康診断は毎年A判定だった健康優良児の私が、まさか、なぜ・・・。
何かの間違えかもしれない。
でもそんな間違えなどあるのだろうか。
経験したことのない絶望感で一気に闇に包まれました。
ですが主治医により、こう救いの言葉を掛けて頂きました。
「悪性リンパ腫は例えステージ4だとしても、抗がん剤の効果が非常に効きます。命に別状はありません。必ず治ります!」
絶望感の中で見えた僅かな光に、しがみつく想いで、気持ちが奮い立たされました。
「絶対治ってみせる!必ず健康な元の身体を取り戻してやる!」
強く誓ったことを今でも鮮明に覚えています。

そこからの流れは、
PET検査をして、転移の有無、ステージの状況の検査をしました。
結果までの3週間。
出来るだけ通常の生活を心がけました。
会社にも行き、スポーツジムにも行き、食事、睡眠も十分摂るように、心を整えて行きました。
そして迎える2017年11月29日。
間違いであって欲しい僅かな望みはありましたが、
「腸管原発びまん性大細胞型B細胞性悪性リンパ腫(DLBCL) 」ステージ1E
と宣告されました。
この時にはある程度覚悟していたので、気持ちは落ち着いていたと思います。
疑いを宣告された日が、人生で最も酷な瞬間でした。

2017年12月4日から3週間の入院生活が始まりました。
翌日5日から抗がん剤治療の開始です。
3週間おきに6クール、治療をしました。
2018年3月20日が最後の治療でした。
そこからは治療も再発もなく、治療により脱毛した髪の毛も無事生えそろい、順調に過ぎて行きました。
そして待ちに待った、2022年12月14日。
5年の経過観察を経て、無事完治致しました。

長い長い道のりでした。
夢だったのかなと感じることもある程、もう随分と前の遠い記憶になりつつあります。
大病をして良かったと思ったことは一度もありませんが、
気付けたことはたくさんあります。

「明けない夜はない。必ず朝はやってくる。」
つまり、どんなに辛いことが起きても、永遠には続かない。やがて心は晴れる。ということ。

そして、
「人生一度きり。いつ終わりが訪れるか分からない人生。
だからこそ、思いっきり突き進もう。やりたいことをしよう。」

そう強く感じました。
そして今私は、健康で、長年の夢だった自分の得意であり好きなアートの仕事をして、幸せに過ごしています。
人間万事塞翁が馬。











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